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昭和24年 |
| 東京都墨田区菊川町に御田釦製作所を設立。プラスチックボタンの製造に着手する。また従来の手仕事を機械化し、能率の増進を図る一方、原材料より製品まで一貫して製造するシステムを採用。各所に製法特許・実用新案等が見られるように、たゆまざる努力と創意工夫により、業績は著しく向上した。 |
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昭和32年 |
| 株式会社御田釦製作所に改組 |
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昭和33年 |
| 江戸川区松江7-4-8に、業界随一の設備をもつ新鋭工場を建設。 |
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昭和34年 |
| 本社営業所を商業の中心地、千代田区神田佐久間町4−16に定め、業界での地位を不動のものとした。 |
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昭和42年 |
| 千葉県山武郡大綱白里町四天木乙に、ボタン製造の完全オートメーション化を目的とした千葉工場を設立。婦人服用各種ボタンを生産。 |
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昭和45年 |
| 東京都千代田区神田佐久間町4-24に業務拡大に伴い本社を移転する。 |
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昭和47年 |
| 生産部門、営業部門の完全独立採算性の徹底と各部門の一層の発展拡大を狙いとして、生産部門、営業部門を分離独立し、社名をそれぞれ(株)御田釦製作所、御田釦販売(株)とした。 |
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昭和51年 |
| 東京都千代田区神田佐久間町4-16に、主として高級婦人服用服飾品の販売を業務とする別法人会社を設立。社名を「(株)ベルアート・オンダ」とする。 |
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昭和55年 |
| 1月 |
| 千代田区東神田3-2-3に、ベルアート・オンダ新社屋を設立。 |
| 4月 |
| 千代田区神田佐久間町4-24に、本社外商部ビルを増設。 |
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昭和58年 |
| 新規事業としてアクセサリー業界に進出。当社の企画力が高い評価を受ける。 |
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昭和59年 |
| 比国マニラに於て合弁事業を開始する。 |
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昭和61年 |
| 人造大理石を素材として、厨房機器、浴槽、室内装飾品の販売を開始する。 |
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昭和62年 |
| 海外事業をより推進するために、海外事業部を設立。 |
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平成元年 |
| 比国に於ける合弁事業の発展拡大に伴いCARMONA、CAVITEに新工場を建設した。 |
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平成6年 |
| 比国に於ける更なる発展に伴い、CEBU島MANDAUE CITYに新工場を建設した。 |
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平成8年 |
| 8月 |
| 物流システムの一層の効率化を図り、江戸川区松江7−4−8に流通センターを建設、稼働を開始した。 |
| 業務のより一層の効率化を図り、千代田区神田佐久間町4−24にベルアート・オンダ本社を移転した。 |
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平成9年 |
| 業務の拡大に伴い、岐阜市敷島町7-83に岐阜支店新社屋を設立した。 |
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平成12年 |
| 中国上海に連絡事務所設立 |
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平成13年 |
| 比国に於ける更なる発展に伴い、CARMONA,CAVITEに新工場(ONDA IRON &
PLATING CORP.)を建設した。 |
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平成16年 |
| 釦事業部・建材事業部を分社、建材事業部を株式会社御田製作所として江東区木場5-10-10-4Fに設立した。 |
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平成20年 |
| 業務拡張のため、本社を江東区永代2-31-15ベルウッド永代ビル8Fに移転した。 |
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