

| 北米、特にニューヨーク州で1845年から1880年にかけて、鋳物が流行した。 そのスタイルは、ゴシック、ルネサンス、クラシックと多種多様な製品が使用された。残念なことに、多くは火事によって消失し、今もその面影を残すものはマンハッタンのNEW YORK MERCHANDISE CO.という建物だけである。元々そこは、百貨店であった。 |
| 1850年あたりのヨーロッパでは、鋳物の猛威を前にロートアイアンの良さが再認識され、歴史的な建築家サー・ジョージ・ギルバート・スコットなどが教会のリフォームに好んで使用した。1862年のロンドンにおける万国博覧会では、中世に触発されたロートアイアン製品が多数出展された。 |
| 1890年から1914年にかけては、アール=ヌーヴォー旋風がヨーロッパ中を支配した。ヴィクトール=オルタはアントニオ=ガウディ(写真1)と並び代表的な建築家である(写真2)。1914年に勃発した第一次世界大戦中、ロートアイアンのデザインに目立った活動は見られなかったが、1920年代の建築ラッシュ時にはさらなる発展を遂げた。エドガ=ブランツを筆頭とするネオ=ゴシックとは、幾何学的模様にアール=デコの花や草花の装飾を施したものである。 |
| 第二次世界大戦は完全にロートアイアンの需要の息の根を止めた。モダンデザインの流行は、建築からロートアイアンの居場所を奪った。ポスト大戦では、モダンビルのわずかな装飾部分に使用されるのみとなり、ほんのわずかのデザイナーの興味をひきつけるにとどまった。 |
| 1970年位から、再びロートアイアンが注目されている。家具の分野で復活してきたのである。代表的にはマンフレッド=バーグマイスター(ドイツ)やヤン=デュデセック(スイス)、イギリスのトニー=ロビンソン(ウィンチェスター城の改修)、ジム=ホロビンが挙げられる。建築物では、1985年のロンドンの国立ウェストミンスター銀行が多くのロートアイアンを使用し、人々を魅了している。 |
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